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<Author: 劉長卿>
<Title: 秋日登吳公臺上寺遠眺>
<Format: 五言律詩>
<Year: 1988>
<BookName: 唐詩三百首詳解  上卷>
<Translator: 田部井文雄>
<style: 現代文有假名>
<style2: 日本現代譯文附假名標注>
<TranslatedTitle: 秋日呉公台上の寺に登りて 遠眺す>
<BookPage: 263>
<UsedPage: 1>
<Feature: 0>
<End Header>
<Poem>
古臺搖落後，秋日望鄉心。
野寺人來少，雲峯水隔深。
夕陽依舊壘，寒磬滿空林。
惆悵南朝事，長江獨至今。
<End Poem>
<Translation>
古（ふる）い吳公（くれのきみ）の台（だい）に、木（こ）の葉（は）が散（ち）り尽（つ）くした後（あと）、秋（あき）のもの悲（かな）しい気分（きぶん）が、わたしの望郷（ぼうきょう）の心（こころ）の中（なか）にしみこんでくる。

このひなびた寺（てら）を訪（おとず）れて来（く）る人（ひと）は稀（まれ）で、雲（くも）のかかる高（たか）い蜂（みね）は、長江（ちょうこう）の水（みず）を隔（へだ）てて奥深（おくぶか）く見（み）えている。折（おり）からの夕日（ゆうひ）は、昔（むかし）のとりでに寄（よ）りかかるように傾（かたむ）き、寺（てら）で鳴（な）らすさびしい打（う）ち石（いし）の音（おと）は、人（ひと）の気配（けはい）のない林（はやし）に響（ひび）きわたる。

南朝（なんちょう）の歴史上（れきしじょう）の出来事（できごと）を人為（じんい）のはかなさとして嘆（なげ）き悲（かな）しむわたしの眼（め）の前（まえ）を、長江（ちょうこう）だけが、昔（むかし）も今（いま）も変（か）わることなく流（なが）れ続（つづ）けている。
<End Translation>